価値のない人間って?

私たち人類は、本当に”価値のある人間”と”価値のない人間”に分かれていると思いますか?

確かに、「私は価値がない」という人やその思い込みを心の奥に持ち続けている人はいます。

「どうせ、私なんて価値がない」言葉にしている人は、それを言うことで何か別のことを得ようとしているのかもしれません。

そして、「私は価値がない存在だ」という思い込みを心の奥底に隠し持っている人(自分でも気づいていない人)はそれを認めたくなく、隠していたいために、価値があるように無理に振舞ったり、相手を攻撃することで、自分の価値を相対的に上げようと他者コントロールしたりします。

しかし、そもそも私たち人類には、”価値がない人”なんて存在するのでしょうか?

私たちひとつの生命が生まれる確率は、1億円の宝くじに当たるよりも珍しいことだというと多くの方が納得されるかもしれません。

しかし、その1億円の宝くじが「100万回連続して当たるようなもの」というとどうでしょうか?

これは筑波大学名誉教授(心と遺伝子研究会の代表)の村上和雄先生が様々な書籍やインタビューでお話されていることです。

奇跡の重なりの生命を活かせない思い込みがある

私たちは、その奇跡という言葉でも表現しきれないほどの”奇跡”を、この人生で体験しているにも関わらず、いつまで価値のない人間と思い込みを持ち続けたりしているのでしょうか?

本当に心から満たされた人は、戦争や喧嘩をふっかけるでしょうか?

本当に心が満たされた人が、いじめや虐待をするでしょうか?

本当に心が満たされた人が、妬みや恨みを持ち続けるでしょうか?

喧嘩やいじめや虐待や、妬みや恨みのその奥には、何があるのかを考えたことがありますか?

「価値がない」と思ってしまう人には、どのような背景があると思いますか?

「価値がない」という想いの中には、わかってもらえてないとか、何か認めたくない心があるだけなのかもしれません。

だとしたら、自分をどう満たしていくのかが争いのない世界を創るためにそれぞれができる唯一のことなのかもしれません。

植物状態と思われた彼を救った人

先日、TED(プレゼンテーションの番組)で、12歳の時に突然、脳感染症によって植物状態と思われていた方が仕事をするようにまでなった話を聞きました。

彼は、医師からも家族からも周囲の方全員から植物状態と思われていましたが、実は全てをわかっていました。

植物状態の時には、肉体的・性的・言語的な虐待を介護役を担っている人から受けたり、両親が口論した後、「あんたなんか死んでしまえばいいのよ」とお母さんに言われました

お母さんからのその言葉に、はじめはショックを受けたようですが、そのお母さんの言葉についてずっと考えていくと強烈な憐れみと母への愛で心が満たされていったそうです。

それでもわかってもらえず、深い闇の中に落ちていき、何度も死にたいと思っていました。

しかし、ある時、その絶望から彼を救った出来事がありました。

それは、お父さんが彼を車に残して買い物に行っている時に、見知らぬ男性が車の横を通り過ぎて、ニコッと微笑んだのです。

人との繋がりを感じたこの一瞬が、彼の心にもっと人と繋がりたいという思いを強くさせ、そこからどんどん回復していきます。

その見知らぬ男性は、彼に対して、「いいことをした!」と思っているでしょうか?

「私は価値がある」と認めてほしいという意識で行動した笑顔でしょうか?

たぶん、心の底から湧いた無償の”愛”でしかなかったはずです。

だからこそ、彼の心を動かしたのだと思います。

そして、見知らぬ男性は、彼の人生の大きな大転換を起こすほどの価値を自分が提供したことを知っているでしょうか?

価値のある、ないを決めているのは自分の中でだけ

こうやって私たちは知らない間に、誰かに対して最高のきっかけになったり、知らないうちに役にたったりしているのかもしれません。

価値がないと思っているのは自分だけ。価値ないを隠したいのも自分だけ。価値がないというセリフを利用したいのも自分だけ。

それであっても、周囲は意識しても、してなくても、あなたの価値によって生かされているのかもしれません。

これを見てもまだ、自分は価値がないと思い続けますか?死ぬまで思い続けるのも一つの選択です。

でも、その思いは、方法さえ知っていれば、また手順を追って進めれば、私のカウンセリングでも簡単に気づいていけます。そして、もちろんカウンセリングじゃなくても何か大きな出来事から自力で気づいていくこともできるでしょう。

どちらにしても、価値がないという人はそう言いたいだけだし、他人を批判する人は、自分に価値がないを隠したいだけかもしれません。

この投稿を読んで、自分自身がどう感じるのか?によっても何かわかってくることもあるかもしれません。

私は価値ある存在だと意識的に思おうとする状態と、そもそも価値がある存在だとわかっている状態とは全くの別物です。

本当に生きている意味や生きてきた役割を知り、前に進めるために、心の奥(潜在意識)で「私が価値である」という前提を持っていただくことも、私の役割だと思っています。