なぜ、私たちは、ひとりひとり”顔”や”性格”や”考え方”が違うのでしょうか?

もしかしたら、それは、どれが正しい答えなのか?を知るためではなく、それぞれの中にある「本当の自由」を知るためなのかもしれない。

もし、意識の中に、「正しい・正しくない」のルールがあれば、自分の正しさと違う他者を批判したり、「これが果たして正しいのか?」と不安に思ったりする。

これは他者に限らず、そのルールによって、自分で自分を批判したり、傷つけたりするかもしれない。

正しさを追求する世界では、”争い”や”批判”が生まれ、それぞれが自分の中から本当の自由を見つけている世界では、”尊重”や”調和”が生まれるのかもしれない。

私たち人間に与えられた本当の自由とは、あらゆることを自由に解釈できるということなのかもしれない。

だとすると、

・自分の中にある他者を批判するルールはどんなものがあるのだろう?
・自分の中にある世の中のせいにするルールは何だろう?
・うまくいっていないと感じる今の中に、どんなうまくいくための材料が眠っているのだろう?

「人と同じ人生?なんだいそりゃ?それじゃあ君が生きる価値なんか無いじゃないか。」
太宰治

さて、自分の人生についてどんな解釈もできるとしたら、私は自分の過去をどう解釈し、どんな未来を創造し、その土台としての今をどう大切に生きていこうか。

それを常に自分に問いかけながら、目の前の方に全力で関わっていく。