よく付き合う人を選んだほうがいいといわれることがあります。

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実際、人は知らないうちに環境に左右され、一緒にいる存在から言語や非言語による様々な影響を受けています。

だからこそ、セルフイメージ(自己認識)の高い人といると、実際に自分のセルフイメージが高くなっていったりします。

最初は、「私って、ダメな人」というセルフイメージを持っていても、

「私は、価値のある存在だ」などのイメージに変化していったり、さらに大きく拡大していくことにもなっていくこともあるでしょう。

セルフイメージが高い人といると、その人を参考にして「あの人はこういう風に考えるんだ・・」、「ああやって考えることもできるんだな」という感覚になり、次第に「自分で自分を認めていいんだ」と自分に許可を出せる部分が拡大していったりします。

だからこそ、自分にとって適切な人を選ぶと自分にとって良い状況に導かれていく流れになっていったりします。

しかし、本当にセルフイメージの高い人と一緒にいることが本当に正しいのでしょうか?

例えば、お金持ちの人を選んで付き合ってみると、自分はそんなにお金を持っていないことで、何となく自分の存在が価値にないような気分になり、自己否定しまったりはしないでしょうか?

基準を「どれだけ稼いでいるのか?」などのひとつの物差しで判断してしまうと、「私は、あの人のように稼いでいないからやっぱりダメなんだ」という思いが湧いてくることにつながっていきます。

それは、本当に自分が望んでいる状態なのでしょうか?

本当にあるひとつの物差しで人を選び、そういう人とだけ一緒にいることをあなたは続けたいのでしょうか?

その状態が心地よく、自分を大切にしていいるといえる状態なのでしょうか?

そのことについて、もう一度、考えてみてもいいのかもしれません。

自分が自分らしくいられる人を選ぶ

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個人的には、他人をジャッジする(上下でみる)世界を心地よく感じないので、自分を常にニュートラルでノンジャッジ状態でいられるよう向き合っています。

そのため、私は人を選ぶということをあまり好まないのですが、あえて選ぶとするなら「自分が自分らしくいられる人」と一緒にいることを選択するかもしれません。

人はどうしても、知らないうちに他人に影響を受けています。

特定の人の前で、「自分を変えてでも合わせなきゃ・・」という状況になっているなら、それは本来の自分を見失う体験を続けていることになります。

これが家族や会社や友人関係すべてにおいてあるとすれば、そろそろ目を覚ましてもいい時です。

他人の目を過剰に気にしてしまう時は、その他人の期待に応えよう、評価されようと外部に意識が向き、そのこと(他人からの評価)にエネルギーが使われています。

そこにエネルギーを割いていることに気づかないでいると、体が病気や症状という形で教えてくれることもあります。

もちろん、病気という形でなくても、何か強い不快な体験をすることで、目を覚ます体験をすることもあったりします(私もこれで目を覚ましました:笑)。

ただ、それは「本来の自分とはズレているよ!」というサインなだけです。

病気でも嫌な出来事も本来の自分に気づくための大きなチャンスです。その体験を本当の意味でチャンスにすることができる場を私のカウンセリングでは設定しています。

人を選ばなくていい世界もある

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もし、いろいろな体験や学びや気づきを通して、どんな環境でも、どんな人と関わっていても、本来の自分のままでいられるようになったとします。

そういう状況なら、人を選ぶ必要が全くなくなります。

人からネガティブな影響を受けるものが、自分の心の中からなくなり、むしろどのような人からも大切な学びやありがたい体験として、ただ感謝が湧きおこる状態になるからです。

かといって、最初から人を選ばない状態で、目の前の存在から自分の心と向き合い、ストイックに内観することを選ぶ必要もありません。

もちろん、そういう選択をして、より本来の自分を早く輝かせるためにチャレンジすることも大きな意味があると思います。

どちらにしても、付き合う人を選んでも、選ばなくても、自分が意図的にその体験に対して、自分にとって心地よい意味づけをしていればいいだけなのかもしれません。