私の意識を大きく変わるきっかけをくれたある女性の話。

その方は、50代で脳梗塞を何度か繰り返し、右側半身も左側半身も麻痺でほとんど動かせず、言葉も聞き取りにくい状態(構音障害)であった。

そして、寝返りやオムツの交換を含め、すべての日常生活に誰かの介助が必要な状態だった。

hospital-840135__480

私は、その方のご家族からその方の若い時のエピソードを聞いていて、「とても素敵な方だな・・」と思っていた。

そして、ある時、私はある意図を持って「◯◯さんは、人生で一番幸せだった時は、いつ頃でしたか?」と尋ねた。

すると、その方からは、当時の私の想像もしていなかった言葉が返ってきた。

その言葉は、「今!」

「今」というその言葉は、当時の私にとって予想もしていない答えだったので、驚きと同時にとても感動したのを覚えている。

しかし、何かの違和感を感じ、「あれ?」「何か変だぞ」「なぜ、私は今感動しているんだ?」と自分に問いかけた。

そして、私はあることに気がついた。

それは、この方の「幸せではない」勝手に決め付けていたということ。

そんな決め付けをした自分に寒気がし、そんな自分が不幸そのものだと感じた。

人は誰もが、過去に囚われ、を大切にできない時もあるかもしれない。

そして、不安という未来を妄想し、を大切にできていないこともあるかもしれない。

「今という大切さ」を言葉では理解していたつもりだった。

しかし、実際の日常では、自分がその方との関わりの中で、その今という瞬間を信頼できておらず、その方のを否定していた。

それに気づいた時、自分のことを本当に恥ずかしいと思ってしまったが、いつまでも自分を責めていても誰も得しない。

その時、その体験から私が得た大切なことは、という瞬間を本当の意味で信頼して、目の前の方の状況や過去の出来事を勝手に不幸などとジャッジをしないいうこと。

そこから、私が関わる方すべてにおいて、ジャッジをやめ、その先の本当の可能性を信頼するように(今という瞬間を大切にできるように)変化していった。

sunset-473604__480

それをきっかけに、関わるクライアントさんが変化する現実が急激に拡大した。

人は、自分の中から何か足りないものに気づいた時、それは自分を責めるためでも価値を下げるためでもなく、前に向かって進む材料を手にしているだけだ。

だからこそ、足りないことに気づいて、それをどう今という瞬間からの日常に活かすのかが重要なのだろう。

私がその時、寝たきりの方から教えていただいた大切なことを私はきっと一生忘れないだろう。

そして、私がその病院を退職する時、ふたりで泣きながら感謝の気持ちを伝えあったのがつい昨日のようだ。

本当に、人との出会いは、私にかけがえのないものを教えてくれる。

これからもいろいろな人からいろいろなことを学んでいこうと思う。