「自分磨きってどうやってするのだろう??」

そんなこと考えたことないですか?

そもそも自分を磨くとはどういうことなのでしょうか?

「よし、自分を磨くためにセミナーに行こう!」と考える人もいます。

そこでセミナーに行きたくてもいけていない人がそれを知って、

「あの人はいつも自分を磨くためにお金も時間も使ってセミナーやワークショップに行ってすごいなー」と言ったりします。

逆に、すでに自分の内側に答えがあることを悟っている人からは、

「あの人は、いつも何かを埋めようとしている」

「何か足りないという想い(自分への不足感)を埋めようとしているだけ」と言われたりします。

このように目線や見る人の意識によって、どちらも評価されたり、評価されなかったりします。

どちらが自分磨きとして正しいのでしょうか?

もしかしたら、自分磨きに”正しさ”なんてないのかもしれません。

見る人から見るとどちらの意見も正しくもあり、正しくないともとれます。

だとしたら、自分しか信じるものはないのではないでしょうか?

今、自分は何にワクワクするのか?

「これやりたいけど、できるわけない」とか、

「人にこう思われてしまう」とかの思考は一度置いておいて、

「本当の自分は何をしたいのだろう」って・・・

その問いに答えを見い出し、生きてきた使命・役割を見つけて前に進んでいる人もいれば、

生きてきた使命・役割を見つけられずに苦しんでいる人もいます。

しかし、これにもどちらが正解とかはないのかもしれません。

生きているだけで使命とは

生きてきた使命とは、生まれて生きているだけで使命であり、役割です。

例えば、「家族に対して迷惑ばかりかけて私は生きている価値がない」と思っている人も、

知らないところで無意識は、家族に役割を担ってもらって親孝行や愛を育む環境を提供しているかもしれません。

そして、家族はその大変な介護をしている状況から何かの気づきを得たり、

何かの学びを得たり、「ありがたい出来事だった」と長い人生から見ると思うこともあるでしょう。

生まれてきて何か大きなことをすることが使命だとしたら、そうでない人は存在する意味がないのでしょうか?

そんなことはありません。

どんなことをしていても、一人一人が大切な役割を担い、相互作用で助けあい、支え合い、学び合っているのだと思います。

そして、自分磨きとはそうやって日々日常で起きた出来事を自分で解釈し、学んでいく過程なのではないでしょうか?

自分は何を信じ、何をしたいのか、そこに焦点があった時の人間のパワーはとてつもないものがあります。

そのお手伝いをすることが、私のコーチ・カウンセラーとしての役割です。

きっと、真実の答えは死ぬまでわからない

だったら、今を、これからを何を信じて、どう生きるか、

そして、自分は何にワクワクするのか、自分磨きをしたいならそこに焦点を当てると勝手に磨かれる現実が

起きるかもしれません。